名護屋城

     
 西海道 肥前の国
 城 名 名護屋城
 別 称 
 所 属 安土桃山時代豊臣秀吉の本営
 築城年 1592
 築城主 豊臣秀吉

中世には松浦党の旗頭・波多氏の一族・名護屋氏の垣添城があり、松浦党の交易拠点の一つであった 文禄元年(1592)豊臣秀吉が大陸へ進攻する為、補給・連絡の中継地として築城した 五重天守や御殿が建てられ、周囲に120ヵ所ほどの諸大名の陣屋がおかれた 城下町も最盛期には10万人を超えるほど繁栄した 慶長3年(1598)秀吉の死後、大陸進攻が中止され廃城となった 慶長7年(1602)寺沢広高は唐津城を築城、この際に名護屋城の遺材を使用した 島原の乱直後に巡検した江戸幕府老中の指示で、一揆などの立て篭もりを防ぐ為、石垣の要所が破却された 大手門伊達政宗に与えられ、仙台城に移築されたと伝わる
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訪問日 2017_05_27 遺 稿 建築遺構なし
入場料 100 駐車場 無料 F1
大正15年(1926)名護屋城跡並陣跡として国の史跡に指定された 昭和30年(1955)特別史跡に指定された 昭和60年(1985)公開の黒澤明監督作品・乱のロケ地になった 名護屋城周辺には118ヵ所の陣跡が確認されており、うち65ヵ所に遺構が残っている 佐賀県名護屋城博物館が隣接している
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