平戸城・亀岡神社

     
 西海道 肥前の国
 城 名 平戸城
 別 称 亀岡城
 所 属 平戸藩
 築城年 1707
 築城主 松浦棟
     
     
 亀岡神社県社
 祭 神
 霊椿山神社 6柱
 七郎神社 3柱
 乙宮神社 5柱
 八幡神社 5柱
     
 2017_05_27

嘉禄元年(1225)嵯峨天皇の皇子・源年融(とほる)の子孫で、峯(松浦)持(たもつ)が、平戸港北側に御館山城を築いた 正平7年(1352)16代・松浦勝(すぐる)が白狐山城(びゃっこざんじょう)を築城 天文19年(1550)ポルトガルの貿易船が平戸に入港し、中国などアジアとの貿易拠点となった 慶長4年(1599)26代・松浦鎮信(しげのぶ)が日の岳城の築城を開始する 慶長5年(1600)関ヶ原の戦いで、大坂にいた久信が西軍に組したが、本国にいた鎮信は東軍に就き、徳川家康の疑念を招かないように建設途中の城を焼却した 鎮信は平戸藩初代藩主となった 慶長12年(1607)平戸城は大火に襲われて全焼 慶長14年(1609)オランダ・イギリスが商館を設置し、西の都と呼ばれ対外貿易の中心地として栄えた 元和6年(1620)御館山城跡の下方に御館を建て、藩庁とした 元禄15年(1702)4代藩主・松浦重信(しげのぶ)が平戸城の再建を幕府に願い出る 宝永4年(1707)5代藩主・松浦棟(たかし)により平戸城がほぼ完成した 享保3年(1718)平戸城、完成 山鹿流築城法に則って築城したといわれるが、その特徴を明快に表すものはない
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本丸の模擬天守は、三重五階の層塔型で、昭和37年(1962)建立 現存するのは、二の丸の狸櫓・北虎口門(櫓門) 代用天守だった乾櫓は老朽化のため明治8年(1875)取り壊したが、昭和37年(1962)再建 同時に、見奏櫓・懐柔櫓・地蔵坂櫓も復興された
訪問日 2017_05_26 遺 稿 現存狸櫓・搦手門・模擬三階櫓
入場料 510 駐車場 無料 C1
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寛永8年(1631)平戸藩藩主・松浦棟が祖霊4柱を平戸城内の霊椿山に祀った 明治13(1880)平戸城二の丸跡に、霊椿山神社・七郎宮・乙宮神社・八幡神社の4社を合祀して創建された
     
 霊椿山(れいちんざん)神社
 祭 神 
 松浦(源)久(8代) まつらひさし
 松浦持(11代) まつらたもつ
 松浦答(14代) まつらことふ
 松浦定(15代) まつらさだむ
 松浦勝(16代) まつらすぐる
 松浦詮(37代) まつらあきら
     
 七郎神社
 祭 神 
 七郎氏広命 しちろううじひろのみこと
 十城別命 とおきわけのみこと
 鴨一隼戸命 かもいちはやとのみこと
     
 乙宮(おとみや)神社郷社
 祭 神 
 天照大御神 あまてらすすめおおかみ
 表筒男神 うわつつのをのかみ
 中筒男神 なかつつのをのかみ
 底筒男神 そこつつのをのかみ
 天児屋根命 あめのこやねのみこと
     
 八幡神社郷社
 祭 神 
 誉田別命(応神天皇) ほんだわけのみこと
 宇迦御魂神 うがのみたまのかみ
 御柱神国御柱 あめのみはしらくにのみはしらのかみ
 弥都波乃売神 みづはのめのかみ
 倉稲魂命 うかのみたまのみこと

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