伊弉諾(いざなぎ)神宮

     
 伊弉諾神
 淡路国一宮
 式内・名神大・官幣大・別表神社
 祭 神
 伊弉諾大神
 いざなぎのおおかみ
 伊弉冉大神
 いざなみのおおかみ
 2017-04-29

日本書紀古事記には、国産み・神産みを終えた伊弉諾尊が、最初に生んだ淡路島多賀の地に、隠居所として幽宮(かくりのみや)を構えたとある この幽宮跡に神陵を築いて、伊弉諾尊を祀ったのが始まり 履中天皇5年(404)日本書紀に伊奘諾神の記載がある 淡路国は、御食国(みけつくに)として租調庸の税とは別に贄(にえ)として雑魚を納めていた 7世紀には田畑が少なくとも一国として成立していた 伊弉諾尊を皇祖神の親とする信仰は7世紀中頃、淡路国から大和朝廷の神話に組み込まれたとする説がある 延長5年(927)延喜式神名帳で、淡路国津名郡・淡路伊佐奈伎神社・名神大と記載されている 貞応2年(1223)淡路国大田文の記述により、淡路国一宮とされ、神宮寺があったことがわかる 弘安3年(1280)坂上田村麻呂の子孫と言う田村仲実が社殿を再興した
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明治3年(1870)名東県によりそれまで2柱だった祭神を伊弉諾尊1柱と定められた 庚午(こうご)事変・稲田騒動が基で、淡路島の帰属が徳島県から兵庫県に移った 明治15年(1882)本殿、再建 明治16年(1883)表神門、再建 昭和7年(1932)妃神の伊弉冉尊を合祀 昭和29年(1954)伊弉諾神宮に改称した 平成7年(1995)阪神・淡路大震災で一の鳥居が倒壊、同年再建 伊弉諾尊の幽宮と伝わる場所は、他に滋賀の多賀大社がある しかし、古事記真福寺本に、故其伊耶那岐大神者坐淡海之多賀也(いざなぎのおおかみは あふみのたがに ましますなり)とあるのは誤記ではないかと考えられている それは他の多くの写本が、故其伊耶那岐大神者坐淡路之多賀也になっており、古事記で近江は近淡海と記されるのが常であることと、多賀大社の祭神は南北朝時代の頃までは伊弉諾尊ではなかったことによる
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