志摩国分寺

     
 志摩国分寺
 護国山
 天台宗
 本 尊
 薬師如来
 やくしにょらい
 2017_03_21

建立当時の国分寺は厳然とした七堂伽藍もあり、八丁四方に及ぶ広大な面積を有し、田の寺領も2町歩あったといわれている 現在も国府地区には、条里制を思わせる地割りが残っており、尼寺や国府もあったようだ 志摩国は下国で乏しかったことから、国分寺の建立と維持に尾張伊勢三河・から援助を受けていた 大同4年(809)志摩の僧尼は伊勢国分寺へ移され、衰退した 応仁2年(1468)応仁の乱により焼失 天保7年(1836)7年の歳月をかけて落慶された(現・本堂)
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本尊の薬師如来坐像は永正4年(1507)仏師・定栄の作で、20年に一度開帳される 創建時の境内に現存寺もあるが、発掘調査は行われておらず、集落内で瓦などが出土する
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