大鳥大社

     
 大鳥神社
 和泉国一宮
 式内・名神大・官幣大・別表神社
 祭 神
 日本武尊
 やまとたけるのみこと
 大鳥連祖神
 おおとりのむらじのおやがみ
 2016_12_16

日本武尊が、死後白鳥となって最後に留まったのが大鳥の地で、これを祀ったのが始まりという 和銅元年(708)行基が開山と言われる大鳥山勧学院神鳳寺を別当寺としていた 延長5年(927)延喜式神名帳で、「大鳥神社 名神大 月次新嘗」と記載されている 鎌倉時代初期には、大鳥美波比神社・大鳥鍬靫神社・大鳥井瀬神社・大鳥濱神社とともに大鳥五社を形成、大鳥荘となる 貞応元年(1224)承久の乱の後、田代氏が地頭職に就き、大鳥氏は主導権を奪われていく 慶長7年(1602)豊臣秀頼が再建、しかし大坂の役で再び兵火に見舞われる 寛文2年(1662)幕命により堺・町奉行・石河利政が大鳥神社・神鳳寺を再建 元禄14年(1701)幕命により柳沢保明が修営 柳沢氏の保護を受け、神鳳寺は真言律宗南方一派の本山となり全盛期を迎える 大鳥氏は断絶し、大鳥神社は衰退したが、和泉総社の神職が祭祀を引き継いだ 明治の神仏分離により神鳳寺は廃寺となり、末寺であった光明院が仏像・記録などを引き継いだ
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明治9年(1876)政府が大鳥連祖神(天児屋命)に祭神を変更 昭和36年(1961)戦後になって国家管理を離れ、日本武尊を祭神に加えた 明治38年(1905)落雷により焼失 明治42年(1909)現社殿に再建
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大鳥信仰および大鳥神社の総本社 大鳥大社は通称で、かつては大鳥大明神(おおとりだいみょうじん)・大鳥大神宮(おおとりのおおがみのみや)とも呼ばれたが、正式には大鳥神社(おおとりじんじゃ)である 1万5千坪の境内には種々の樹木があり、千種の森(ちぐさのもり)と呼ばれている
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