薩摩国分寺・政庁跡

     
 薩摩国分寺・尼寺
 廃寺
 2016_10_01

大宝2年(702)薩摩国府が設置された 天平勝宝8年(756)の続日本紀薩摩国分寺の記述がなく、弘仁式にはあることから、他の国分寺より遅い8世紀後半頃の建立と思われる 早くに衰微したが10世紀頃と鎌倉時代に再建され、室町時代までは国府天満宮の神宮寺として存在していた 天正15年(1587)豊臣秀吉の島津氏征伐で兵火に遭い焼失 寛文9年(1669)島津光久の命で泰平寺の末寺として再興された 慶応3年(1867)廃寺
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昭和39年(1964)川内高等学校の郷土研究クラブの国府跡の発掘調査が発端となり、昭和43年から県による調査が行われた 発掘調査では、創建期と再建の建物跡が重なりはっきりとしない部分もあるが、主な伽藍の概要が判明した 川原寺式という異例の伽藍配置を採り寺域が狭く、他の国分寺よりも規模が小さい 僧寺の西側に国府の推定域が隣接している 尼寺は、天辰廃寺など推定地の候補が挙がっているが特定できていない 昭和19年(1944)礎石が戻され、塔跡が国の史跡となった 昭和59年(1984)薩摩川内市川内歴史資料館、開館  昭和60年(1985)薩摩国分寺跡公園として整備された 資料館の裏手を流れる銀杏木川沿いに、万葉の散歩道が整備され、万葉集から大伴家持の歌をはじめ15首の歌碑を設置した 大伴家持(おおとものやかもち・718年頃~785年)は天平宝字8年(764)1月から天平神護元年(765)2月まで薩摩守の任にあった
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