山寺

     
 立石寺
 宝珠山 阿所川院(あそかわいん)
 天台宗
 本 尊
 薬師如来
 やくしにょらい
     
 山寺日枝神社
 村社
 祭 神
 大山咋命
 おおやまくいのみこと
 大己貴命
 おほなむちのみこと
 伊邪那岐命
 いざなぎのみこと
 伊邪那美命
 いざなみのみこと
 国常立命
 くにのとこたちのみこと
 2016-09-17

寺伝では、貞観2年(860)清和天皇の勅命で円仁(慈覚大師)が開山したとされている 立石寺記録は、開山を円仁、開祖を安慧(あんね)と位置づけている 安慧は第3代天台座主で、承和11年(844)から嘉承2年(849)まで出羽国天台宗を広めた 鎌倉時代には幕府の保護と統制を受け禅宗に改宗、関東御祈祷所となり寺は栄えた 延文元年・正平11年(1356)羽州探題斯波兼頼が再建、天台宗に戻した 永正17年(1520)立石寺伊達稙宗に加勢 大永元年(1521)天童頼長の兵火を受け焼失、比叡山延暦寺から分燈されていた法燈を消滅 天文12年(1543)最上義守が再建、法燈の再分燈を受ける 元亀2年(1571)焼き討ちされた延暦寺の再建時に立石寺から逆に分燈した
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関東・東北地方には円仁が開山したり再興した寺院が数多く、瑞巌寺は天長5年(828)、中尊寺毛越寺は嘉祥3年(850)、立石寺は貞観2年(860)と伝えられる また、元禄2年(1689)には松尾芭蕉が『奥の細道』で四寺を訪れ、山寺では「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」と詠んでいる いる 平成15年(2003)6月13日、四寺が連携して「みちのく古寺巡礼 四寺廻廊」が発足した 6月13日は承和5年(838)慈覚大師円仁が、遣唐使とともに博多津より求法の旅に出航した日に当たり、毎年四寺の僧侶が参集して慈覚大師報恩法要が執り行われる ☆根本中堂(重要文化財) 延文元年(1356)初代山形城主・斯波兼頼が再建した 慶長13年(1608)大修理を受け現在もその姿を保っている ☆三重小塔(重要文化財) 塔頭華蔵院境内の岩屋内にある 相輪に永正16年(1519)の銘がある、高さ2.5mの木造小塔 ☆木造薬師如来坐像 膝部裏から元久2年(1205)の修理銘が発見され、平安時代の作とされる(非公開) 山内で最も古い納経堂の真下に、貞観6年(864)歿の慈覚大師が眠る入定窟がある 通称・山寺(やまでら)、最上三十三観音・第2番(千手院)
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貞観2年(860)円仁が比叡山延暦寺に倣って山寺一山の守護神として近江国坂本の日吉大社(ひえたいしゃ)より分請した 当初は山王権現・大宮大権現と称し、山王二十一社の規模が整えられた 大永元年(1521)山形城主・最上家の家督争いで、天童城主・天童頼長に焼き討ちにされる 天文2年(1534)一山の守護神として立石寺より先に再建された 明治3年(1870)神仏分離令により立石寺とは切り離し、日枝神社と改めた
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延久4年(1073)4月に比叡山坂本で日吉祭を行なったのになぞらえて、山王21社の分霊を迎え、旧暦4月の申の日に山王権現の大祭礼を行っていた 現在では5月17日に山寺山王祭が行われている
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