但馬国分寺

     
 但馬国分寺
 護国山
 浄土宗
 本 尊
 薬師如来
 やくしにょらい
 2016-08-28

天平勝宝8年(756)続日本紀聖武天皇一周忌御斎会の下賜記事から、これ以前に創建された 宝亀8年(777)七重塔が落雷被害に遭った 弘安8年(1285)法勝寺末寺として但馬国太田文に記載 明徳2年(1391)奈良の西大寺の末寺となった 天正8年(1580)羽柴秀長による第2次但馬征伐で焼失 宝暦9年(1759)京都から釈迦如来像が移されて再興が図られる 宝暦13年(1763)国中を托鉢して堂を再建した 文化11年(1814)伊能忠敬が、測量日記に伽藍の礎石3個が存在すると記録している
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現存寺は創建期の国分寺跡と重複している 北方約1kmに尼寺跡がある 塔礎石2個が僧寺跡に、南大門礎石1個が但馬国分寺境内に残る 昭和48年(1973)第1次発掘調査開始 木簡の出土があったこと、回廊が見つかったことが注目される 寺域内には井戸4基があり、その部材は763年に伐採された檜であると判明 この井戸からは瓦・土器・釣瓶・鑰・木簡など多数が出土した 平成2年(1990)国の史跡に指定 平成17年(2005)但馬国府・国分寺館(豊岡市立歴史博物館)が開館
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