本薬師寺跡

     
 本(もと)薬師寺
 廃寺
 2015_11_11

藤原京薬師寺と呼ばれた 天武天皇9年(680)天武天皇が後に持統天皇となる皇后の病気平癒を祈って建立を誓願した 天武天皇15年・朱鳥元年(686)天武天皇が亡くなり、持統天皇が引き継ぐ 持統天皇2年(688)金堂が建立された 文武天皇2年(698)造営がほぼ完了した 和銅3年(710)平城京遷都で、養老2年(718)薬師寺が西ノ京に移り、本(元)薬師寺と称されるようになった 発掘調査により、およそ11世紀初頭まで存続していた 橿原市城殿町(きどのちょう)の医王院(白鳳山醫王院)の境内に、金堂の礎石の一部が残る また、周囲の水田に東塔や西塔の土壇礎石が残存し、本薬師寺跡として特別史跡に指定されている
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かつての寺域は休耕田になっていて、橿原市が毎年約14,000株のホテイアオイを植えつけている 夏から10月頃にかけて一斉に青紫の花を咲かせる 明治時代に観賞用に持ち込まれ、浮き袋のような丸い形の葉柄を布袋の膨らんだ腹に見立て、ホテイアオイと呼ばれるようになった 寒さに弱く冬にはほとんど枯れるが、繁殖力が強く翌年には再び大繁殖する 肥料分の多い水域ではあっという間に水面を覆い尽くし、漁業や水上輸送の妨げとなるため、青い悪魔という異名もある
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