河口浅間(あさま)神社

     
 浅間神社
 河口浅間(あさま)神社
 式内(論)・名神大・県社
 祭 神
 浅間大神(木花開耶姫命)
 あさまおおかみ(このはなさくやひめのみこと)
 天津彦彦火瓊瓊杵尊
 あまつひこひこほににぎのみこと
 大山祇神
 おおやまづみのかみ
 2015_10_24

中世後半から富士登拝の大衆化と共に御師集落として発展した 江戸時代になると、富士講の流行や吉田御師の発展により徐々に衰退した 六国史の一書・日本三代実録に以下のように記されている 貞観6年(864)富士山の貞観大噴火により八代郡の本栖海(湖)と剗の海が埋没 駿河国浅間名神(現・富士山本宮浅間大社)の祭祀怠慢と解され、甲斐国でも祭祀するべきとなった 貞観7年(865)甲斐国八代郡家の南に浅間明神祠が祀られ官社に列した 貞観7年(865)甲斐国山梨郡にも同様に浅間明神を祭祀 延喜式神名帳名神大社として甲斐国八代郡 浅間神社の記載がある 現在は都留郡だが当時は八代郡であったとして、古くから論社とされている ただし、笛吹市の浅間(あさま)神社も有力な論社である
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正式名は浅間神社、河口浅間神社は通称 富士山信仰の対象と芸術の源泉の構成資産の一部として世界文化遺産に登録されている 境内の七本杉にはそれぞれ名前が付けられている 境内右手・社務所の近くに三本、神綿(しんめん)・齢鶴(れいかく)・産射(うぶや) 拝殿の斜め前に一本、御爾(みしるし) 境内右奥に二本、父母(かづいろ) 社殿の後方奥に一本、天壌(てんじょう) 河口の稚児舞 4月25日の孫見祭と7月28日の太々御神楽祭(だいだいおかぐらさい)の2つの例大祭では、少女たちが鮮やかな装束で身を整え、幻想的な舞を奉納する 富士山の噴火を鎮められた木花開耶姫命の霊を慰める舞で、富士登山の安全を祈る神事として受け継がれてきた 稚児になるのは小学2年生から6年生までの女児7人で、おいちいさんと呼ばれている
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