天津神社・奴奈川神社

     
 天津(あまつ)神社
 越後国一宮(称)
 式内小(論)・県社
 祭 神
 天津彦々火瓊々杵尊
 あまつひこひこほににぎのみこと
 天児屋根命(左)
 あめのこやねのみこと
 太玉命(右)
 ふとだまのみこと
     
 奴奈川(ぬなかわ)神社
 天津神境内社
 式内小(論)社
 祭 神
 奴奈川姫命
 ぬなかわひめのみこと
 八千矛命(大国主)
 やちほこのみこと
 2015_10_23

景行天皇の時代の創建、孝徳天皇の勅願所であったと伝わる 延喜式神名帳に記載されている越後国頸城郡・大(おほむは)神社の論社に比定されている 旧糸魚川町の、一の宮・押上・寺町・大町・七間町等の産土神として崇敬された 古来より一宮明神と称されていた 天津神社本殿の西に並んで祀られる奴奈川神社と併せてこの地方の大社である
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大国主の神話に、沼川郷に住んでいた奴奈川姫命を八千矛命が訪れたという 両神の子が建御名方命で、姫川を遡って諏訪大社の祭神になったという 糸魚川市蓮台寺の奥・柳谷にあったが、元暦2年(1185)山崎の地に移り、その後現在地に移ったと伝えられる 祭神は、奴奈川姫命で後に八千矛命を合祀した 奴奈川姫は沼河比売とも書き、 この地のヒスイを支配する祭祀女王とみられる 古語の”ぬ”には宝玉の意味があり、”ぬなかわ”は”玉の川”を意味し、渟名河は奴奈川姫に由来し現在の姫川である 延喜式神名帳に頸城郡13座の一社として記載されている奴奈川神社の式内社論社である 奴奈川神社という神社は頸城郡内に複数社あり、糸魚川市田伏南村の奴奈川神社と糸魚川市能生宮の上の白山神社も論社である
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4月の例祭で奉納される天津神舞楽は稚児の舞とも呼ばれ、能生の白山神社舞楽とともに、国の重要無形民俗文化財に指定されている 天津神社・末社の子聖社(ねのひじりしゃ)は創設など不詳だが、足腰など下半身の病に霊験があると言われ参詣者が多い
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寛政9年(1797)天津神社・本殿建立 寛政10年(1798)奴奈川神社・本殿建立 寛文2年(1662)拝殿建立
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越後国一宮として全国一宮会に参加している神社には、弥彦神社居多神社がある