滝山寺・滝山東照宮

     
 滝山寺
 吉祥陀羅尼山 薬樹王院
 天台宗
 本 尊
 薬師如来
 やくしにょらい
     
 滝山(たきさん)東照宮
 村社
 祭 神
 東照大権現
 とうしょうだいごんげん
 2015_10_13

縁起によれば、天武天皇の命で役行者(小角)が青木川で拾った金色の薬師如来像を祀る吉祥寺として創建したとされる 保安年間に天台宗の永救(えいぐ)が物部氏の保護を受けて再興し、次いで熱田神宮・大宮司藤原南家の保護を受けて寺院としての形態を整え、寺名を瀧山寺と改めた 平安時代末から鎌倉時代初頭の住職・寛伝は、熱田大宮司藤原季範の孫で、源頼朝の従兄弟であったため、鎌倉幕府の庇護を受けた 正治3年(1201)寛伝は頼朝の三回忌に観音菩薩と両脇侍像を作らせた 寛伝は足利宗家・初代当主・足利義康の義兄弟でもあり、足利氏の本拠地である下野の満願寺住職を経て、滝山寺住職となった 南北朝時代には 足利尊氏の庇護を受け、本堂が作られた 戦国時代には勢力は衰えた 徳川幕府・3代将軍・徳川家光の治世に天海の弟子・亮盛が住職を務め、復興した
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山岳信仰・水源信仰に関わる山寺には、奈良時代修験道の開祖・役行者が草創したという伝承をもつ寺院が各地にある 明治初期に廃されるまで、青龍院・玉泉院・常心院・浄蓮院・観量院・密厳院の六坊があった 浄蓮院は瀧山寺本坊として残っている 本堂・三門は文永4年(1267)の建立で重要文化財 楼上の扁額は正三位・藤原朝経の書といわれている(文永12年)
正保3年(1646)徳川家光岡崎城の近くにも東照宮を観請したいと考え、家康がよく訪れていた滝山寺を別当寺として創建した 江戸時代を通じて、日光東照宮久能山東照宮とともに三宮の一つとして崇敬された
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明治6年(1873)神仏分離により、滝山寺から独立 大正5年(1917)白山社・日吉社を合祀して常磐神社と改めた 大正12年(1924)稲荷社・若一皇子社・荒神社・神明社を合祀 昭和29年(1954)社名を滝山東照宮に戻した 昭和46年(1971)大修理が行われた 本殿・拝殿・幣殿・中門・鳥居・水屋はいずれも正保3年(1646)の建立で重要文化財
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