冨士浅間(ふじあさま)神社

     
 冨士浅間神社
 須走浅間神社 東口本宮冨士浅間(せんげん)神社
 県社
 祭 神
 木花開耶姫命
 このはなさくやひめのみこと
 彦火火出見
 ひこほほでみのみこと
 大己貴命
 おおなむちのみこと
 2015_09_19

延暦21年(802)富士山東麓が噴火し、須走に斎場を設け鎮火の祈願を行った 大同2年(807)鎮火祭の跡地に、社殿を造営した 平安時代空海が修行し、登山をしたことから、中世頃までは弘法寺浅間宮とも称されていた 室町時代後半には、東口=須走口登山道の本宮として、庶民による富士講修験道者の信仰を集めて賑わった 駿河国甲斐国を結ぶ交通の要所で宿場町の須走村とともに栄えた 宝永4年(1707)宝永大噴火では須走村がほぼ全焼全壊し、農業が壊滅的な打撃を受けた 御師(おし)は、御祈祷師を略したもので、参詣者の案内や宿泊などを世話する者で、特定の寺社に所属していた 江戸時代には百姓と神職の中間の身分とされ、各地に派遣され、現代の旅行業者と同じく、プランニング・添乗員・現地ガイドをこなし、専属の宿坊へ迎え入れた 中下層の商人や職人、農民などが講をつくり、その数808講といわれるほど盛んになった
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明治4年(1871)御師職が廃止され、ほとんどの御師は平民に編入された 大正時代から昭和時代初頭は富士講による登山参拝者が最も増えた 権現造の社殿は、享保3年(1718)修造したもの 明治の神仏分離令までは迎薬師堂というお寺だった迎久須志之神社は、9合目にありながら当社神主が管理していた 本来、富士山8合目以上は浅間大社の境内であるが、ここは飛び地境内であるとしている 又、6合目の胎内神社・5合目の古御岳神社は境外末社である 須走口登山道とともに世界文化遺産の構成資産の一つ
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主な浅間神社
別称/社格社名/指定登山口/所在地・訪問
富士山本宮浅間大社南口・富士宮口・表口
駿河国一宮世界遺産構成資産富士宮市-2012/12/24
やまみや山宮浅間神社
世界遺産構成資産富士宮市-未訪問
富士根本宮村山浅間神社村山口
世界遺産構成資産富士宮市-2014_07_31
ひとあな人穴浅間神社(人穴富士講遺跡)
世界遺産構成資産富士宮市-未訪問
南口下宮須山浅間神社須山口
世界遺産構成資産裾野市-2015_09_19
冨士山東口本宮冨士浅間神社東口・須走口
須走浅間神社世界遺産構成資産小山町-2015_09_19
河口浅間神社
甲斐一宮世界遺産構成資産富士河口湖町-未訪問
冨士御室浅間神社
世界遺産構成資産富士河口湖町-未訪問
北口本宮冨士浅間神社北口・吉田口
甲斐一宮世界遺産構成資産富士吉田市-未訪問
富士山東表口参道宮新橋浅間神社御殿場口
御殿場市-未訪問
浅間神社(あさま)
甲斐一宮笛吹市-2010/03/23
別称/社格社名/指定登山口/所在地・訪問