須山浅間神社

     
 須山浅間(すやませんげん)神社
 南口下宮
 郷社
 祭 神
 木花開耶姫命
 このはなのさくやひめのみこと
 天津彦火瓊瓊杵命
 あまつひこほににぎのみこと
 大山祇命
 おおやまづみのみこと
 天津彦火々出見命
 あまつひこほほでみのみこと
 天熊大人命
 あまくまうしのみこと
 2015_09_19

社殿によれば、日本武尊が東夷征伐の時に創建し、欽明天皇13年(552)に蘇我稲目が再興、平兼盛が修理奉納したとある 源頼朝を始め、武田信虎・勝頼、今川家代々の戦勝祈願、徳川時代には小田原城主より毎年奉幣されていた 須山口登山道は大同3年(808)に始まり、須(珠)山浅間神社が起点となり、登山道や周辺の宗教施設も管理していた 正治2年(1200)浅間大社宮司の手記に、富士山東口珠山・南口大宮・北口吉田の他に正式な登山道はない、という意味の記述があるようだ この後に須走口が増設され、東口の呼称を譲り、南口の下宮となったため、南口下之宮・下之浅間社・富士浅間宮・富士山南口方司などとも称した 大永4年(1524)と慶長16年(1611)の棟札が現存する 江戸期になると、富士講で賑わい、登山者はみそぎを行い安全を祈願した 宝永4年(1707)宝永大噴火で須山口五合目の登山道が消滅 安永9年(1780)勝田惣次郎と息子の勝田茂衛門により登山道が復興した
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明治16年(1883)御殿場口が開れ、須山口2合8勺に連結 明治22年(1889)東海道線が開通、駅から近い御殿場口が賑わうようになり、須山口は衰退した 明治45(1912)旧陸軍の演習場として撤収され廃道 平成9年(1997)須山口登山歩道が完成し、85年ぶりに須山口が復活 平成11年(1999)須山口下山歩道が完成 本殿は文政6年(1823)の建立 平成25年(2013)拝殿改修 慶長16年(1611)に建立された古宮が拝殿手前右側の覆屋の中にある 世界文化遺産の構成資産の一部
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