阿波国分寺・尼寺跡

     
 阿波国分寺
 薬王山 金色院
 曹洞宗
 本 尊
 薬師如来
 やくしにょらい
     
 阿波国分尼寺跡
 廃寺
 
 2015_09_19

寺伝では行基が自ら薬師如来を刻んで開基し、聖武天皇から釈迦如来像と大般若経光明皇后の位牌厨子が納められたと伝わる 天平勝宝8年(756)聖武天皇の周忌に際し仏具等を下賜したと続日本紀に記載がある 創建当初は七堂伽藍を有する法相宗の大寺院であった 弘仁年間に空海が巡錫した際に真言宗に改宗した 天正10年(1582)長宗我部元親天正の兵火により焼失、荒廃した 寛保元年(1741)阿波藩郡奉行・速水角五郎が伽藍を再建、吼山養師(くざんようし)和尚が復興し、曹洞宗となった
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本堂 文政年間(1826年ころ)の再建 庭園 桃山時代の作庭、築山・泉水・枯山水と阿波産の巨大な青石が組み合わされる(国の名勝) 四国八十八箇所霊場・十五番札所
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字名が尼寺(にんじ)で尼寺跡と推定されていた 昭和45年(1971)発掘調査により金堂・北門・廻廊の跡などが確認され、広大な寺域が明らかとなった 後継寺院は無い