鏡神社・比賣神社

     
 鏡神社
 南都鏡神社(なんとかがみじんじゃ)
 祭 神
 天照皇大神
 あまてらすすめおおかみ
 藤原広嗣
 ふじわらのひろつぐ
 地主神
 じぬしがみ
     
 比売神社(ひめがみしゃ)
 祭 神
 十市皇女
 とおちのひめみこ
 市寸嶋比売
 いちきしまひめ
 2015_07_24

藤原不比等の三男・宇合(うまかい)の子として生を受けた広嗣は順調に出世するが、唐より帰朝した吉備真備((きびのまきび)や僧・玄昉(げんぼう)らの台頭でその地位が揺らぐ 天平12年(740)彼らを朝廷から除くため太宰府で兵を挙げるが、官軍に鎮圧され、広嗣は処刑された やがて失脚した玄は、流された筑紫で広嗣の怨霊に八つ裂きにされる 陰陽道にたけた真備は、広嗣が処刑された唐津の鏡山(松浦山)に広嗣を祀った 大同元年(806)広嗣の邸宅址と伝えられる境内南側に、新薬師寺の鎮守として勧請した
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第46次式年造替により享保13年(1728)建立の春日大社・第三殿を延亨三年(1746)本殿として移築した
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比売神社(ひめがみしゃ) 比売塚という小さな古墳の上に建てられている 日本書紀の記載に天武天皇7年(678)十市皇女を、天武天皇11年(682)氷上娘(ひかみのいらつめ)を赤穂の地に葬ったとある 1920年代に比売塚は国有となったが、払い下げを受け鏡神社の摂社として造営することになった 昭和56年(1981)十市皇女を祭神として祀るようになった 十市皇女は、天武天皇の第一皇女、大友皇子(後の弘文天皇)の正妃
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