如意輪寺

     
 如意輪寺
 塔尾山 椿花院
 浄土宗 鎮西派
 本 尊
 如意輪観音
 にょいりんかんのん
 2015_07_23

延喜年間に日蔵上人により開かれたと伝わる 南北朝時代後醍醐天皇が吉野に行宮を定めた際に勅願所とされた 正平2年(1346)楠木正成の長男・正行が四條畷の戦いに出陣するに際し、後醍醐天皇陵に詣で辞世の歌を詠んだという 慶安3年(1650)文誉鉄牛上人により再興され、真言宗から浄土宗に改宗した
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本堂の背後には、後醍醐天皇の陵・塔尾陵(とうのおのみささぎ)、世泰親王(よやすしんのう)墓がある  後醍醐天皇は、第96代天皇鎌倉幕府を倒し、建武の新政を実施した 足利尊氏の離反に遭い、吉野朝廷を樹立し、南朝の初代天皇となった 各地に皇子を送って北朝方に対抗させようとしたが、劣勢を覆すことができないまま病に倒れ、延元4年 / 暦応2年(1339)義良親王(後村上天皇)に譲位し、金輪王寺崩御した 御遺志により天皇家の墓陵としては唯一北向きで北面の御陵とも呼ばれ、現在は宮内庁が管理している  世泰親王は、南朝の皇族で長慶天皇の第一皇子と推定されるが、生没年不詳で生前の事績についても不明である
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吉野山の谷から尾根を埋める桜はおよそ3万本、日本一の桜の名所として名高い 下千本(吉野駅辺り)・中千本(如意輪寺辺り)・上千本(吉野水分神社辺り)・奥千本(西行庵辺り)、4月上旬から下旬まで順に咲きのぼる
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役行者(役小角)を開祖とする修験道の寺・南朝ゆかりの史跡・西行芭蕉が逍遙した文学の史跡など、みどころがたくさんある 金峯山寺などは時間の制約と雨脚の強さのため振り返りざまに数枚シャッターを押しただけ 今度はたっぷり時間をとってこよう!