吉野神宮

     
 吉野神宮
 建武中興十五社の一社
 官幣大・別表神社
 祭 神
 第96代・後醍醐天皇
 ごだいごてんのう
 2015_07_23

文保2年(1318)大覚寺統後醍醐天皇が親政を開始 元徳3年(1331)持明院統光厳天皇鎌倉幕府の奏請により践祚(せんそ=即位の前段階) 正慶2年/元弘3年(1333)鎌倉幕府が滅亡、後醍醐天皇建武の新政(建武中興)を開始 建武2年(1335)足利尊氏建武政権から離反 建武3年/延元元年(1336)光厳上皇の命を受け、尊氏は新田義貞楠木正成らを撃破し入京 光明天皇践祚して北朝が成立、尊氏は京都に武家政権(のちの室町幕府)を成立させる 後醍醐天皇吉野朝廷(南朝)を樹立し、吉水院に最初の行宮(皇居)を定めた 暦応2年/延元4年(1339)後醍醐天皇崩御後村上天皇はその像を吉水院に安置し、仏教式の供養が行われた 明徳3年/元中9年(1392)後亀山天皇後小松天皇と和睦し、南北朝時代が終わる
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吉水院は明治の神仏分離令で廃寺 明治7年(1874)後醍醐天皇社という名称で旧吉水院内に創立 明治8年(1875)吉水(よしみず)神社と改称、後醍醐天皇を祭神とする神社となった 明治22年(1889)明治天皇が吉野宮の創立を命じた 明治25年(1892)社殿が竣工、後村上天皇が自ら刻まれたと伝わる後醍醐天皇像を御神体として、吉水神社から遷座 大正7年(1918)吉野神宮に改称 昭和2年(1927)現本殿上棟、祝詞舎完成 昭和3年(1928)現拝殿竣工 昭和4年(1929)神門竣工 昭和5年(1930)大鳥居竣工 桜の名所で金剛山葛城山が遠望でき、総檜造の本殿・拝殿・神門は、京都を望む北向きに建てられている 御影・船岡・滝桜の摂社三本殿には南朝方で活躍した7人の巧臣、日野資朝・俊基・児島範長・高徳・桜山茲俊・土居通益・得能通綱が祀られている
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