龍野城

     
 山陽道 播磨の国
 城 名 龍野
 別 称 霞城
 所 属 龍野藩藩庁
 築城年 1672
 築城主 脇坂安政

明応8年(1499)赤松村秀が鶏籠山城を築いたのが始まり 天正5年(1577)赤松広秀は豊臣秀吉に追われ、蜂須賀正勝が入った 江戸時代初頭は播磨一国を支配する姫路池田氏の領有する地であった 元和3年(1617)池田利隆が没すると、播磨の所領は、小笠原秀政明石藩、本多忠政の姫路藩、本多政朝の龍野藩赤穂藩・平福藩・山崎藩・鵤藩・林田藩の中小藩に分割された 本多政朝は龍野藩を立藩し、鶏籠山上の郭は放棄し、山麓に近世平山城龍野城を再建した 寛永4年(1627)小笠原長次が入封した 寛永9年(1632)幕府直轄となった 寛永10年(1633)岡部宣勝が入封した 寛永13年(1636)再び幕府領となった 寛永14年(1637)京極高和が入封した 万治元年(1658)三度幕府領となり、城は破却された 寛文12年(1672)脇坂安政が入封し、龍野城は修築された 城下町が形成され、脇坂家の治世は10代200年続き維新を迎えた
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訪問日 2015_07_01 遺 稿 木造復元御殿・武具櫓・埋門・模擬隅櫓
入場料 無料 駐車場 無料 B2
脇坂家は元々外様大名であったが、8代安董は28年にわたって寺社奉行を務め、老中まで累進している 地元産の大豆・小麦、赤穂産の塩を原料とする醤油製造が盛んになり、天保年間に隆盛を極めた たつの市に本社を置く薄口醤油で有名な、ヒガシマル醤油の創業は天正年間とされる うすくち龍野醤油資料館は、昭和初期に菊一醤油本社社屋として建てられた後、ヒガシマル醤油の先代本社として使用された うすくち龍野醤油資料館別館は、1932年竣工の先々代ヒガシマル醤油本社として使用された後に龍野醤油協同組合本館として使用されていた 揖保川中流域は手延素麺の特産地で、揖保乃糸兵庫県手延素麺協同組合のもつ商標である
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