満徳寺

     
 満徳寺
 廃寺
 2015_06_09

鎌倉時代に徳川義季(よしすえ)が開基となって建立、最初の住職は出家した義季の娘・浄念尼(じょうねんに)がなり、その後も代々新田氏ゆかりの人たちが住職を務めた 新田氏の没落とともに衰退したようで、その後約200年間の寺史がなく、16世紀初めに時宗の尼寺であったことが記録にある 江戸時代は、鎌倉の東慶寺と並んで縁切寺として著名であった 歴代将軍の位脾を始め、ゆかりの人たちの位牌があり、縁切寺法の取り扱いのうしろ盾になった 明治5年(1872)徳川家の庇護に依存して檀家を持たなかったため廃寺となる
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満徳寺資料館のすぐ南側にある永徳寺はさつき寺とも呼ばれ、宥海(ゆうかい)が大同年間(806~810)に開山したといわれ、徳川義季の公館址があり徳川家とのかかわりが深い 北側には徳川東照宮がある
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