徳川東照宮

     
 徳川東照宮
 世良田東照宮末社
 祭 神
 東照大権現
 とうしょうだいごんげん
 他四柱
 2015_06_09

南朝方についた8代・新田親氏(ちかうじ)は、残党追捕の幕命により、新田之庄を離れる 出国する際、生田隼人が銭と餞別を携え、郷内の百姓たちと見送った 親氏の領地を預かる形で、生田家が徳川郷の郷主となった 天正19年(1591)16代・生田義豊は、武州川越で家康公に拝謁、正田と改姓 寛永21年(1644)世良田東照宮が勧請された時に、当時の18代・徳川郷主・正田義長が邸内に東照宮を建立した 祭祀は正田家が執り行っていて、人々が参拝できるのは家康公の命日4月17日と正月のみであった 明治5年(1872)徳川東照宮の社地が徳川郷に寄進された 明治40年(1907)徳川郷内の4つの神社が合祀された 大正3年(1924)永徳寺の権現堂を移築し拝殿とした 現在は、世良田東照宮末社
画像
画像
画像
徳川東照宮の南には縁切り寺として有名だった満徳寺資料館がある
画像

東照宮へのリンク