尾高城(米子)

     
 山陰道 伯耆の国
 城 名 尾高城
 別 称 泉山城
 所 属 戦国時代・毛利勢
 築城年 1524
 築城主 行松正盛

標高40mの河岸段丘上にあり、背後に大山、眼前に箕蚊屋(みのかや)平野が広がる 戦国時代、西伯耆の要衝で、尼子氏と毛利氏の争乱の舞台となった 大永4年(1524)大永の五月崩れによって落城、尼子方の吉田光倫が城主となる 永禄5年(1562)毛利氏の攻略に伴い、行松正盛が再び城主となる 永禄7年(1564)毛利家臣の杉原盛重が城主となる 永禄12年(1569)山中幸盛に一時城を奪われる 天正10年(1582)杉原景盛は毛利氏に攻められ戦死し、吉田元重が城代となる 慶長6年(1601)伯耆国領主となった中村一忠米子城完成まで居城とし、米子城完成と共に廃城となった
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米子勤労総合福祉センター「米子ハイツ」建設に先立ち、1974年から発掘調査された 戦国時代の西伯耆の中核的な城跡として一部が保存されている 県と市が所有していたが売却され、シャトー・おだかとして再生、ホテル・農園レストラン・体育館・テニスコート・桜園・梅園・あじさい園を備え、合宿や企業の研修などに使われている
訪問日 2014_09_16 遺 稿 建築遺構なし
入場料 無料 駐車場 無料 F1
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